平和記念公園
世界平和への願いを込めてつくられた公園です。広島平和記念資料館、世界文化遺産である原爆ドームや、数々のモニュメントが点在しています。
公園中央にある原爆死没者慰霊碑は、毎年8月6日、広島市に原子爆弾が投下された日に行われる式典でも有名な場所ですね。ここに、多くの千羽鶴が供えられています。
公園内にはその他に、核兵器廃絶の願いが叶うまで燃え続ける「平和の灯」や、日本の音風景100選に選ばれている、平和を祈る誰もが自由に撞ける「平和の鐘」、原爆で亡くなった子供たちのための慰霊碑である「原爆の子の像」など、多くの慰霊碑があります。
ここは平和を祈る町、ヒロシマの原点ですね。
佐々木貞子さんと千羽鶴
知ってますか?広島市に住んでいた被爆者・佐々木貞子さんについて紹介してみたいと思います。
1945年8月6日、広島市に原子爆弾が投下されました。貞子さんは当時2歳、自宅で被爆しました。しかしこの時、貞子さんは体の不調を訴える事はなく、その後も元気な女の子として育っていきます。
やがて彼女は11歳になりました。ある時風邪をひき、両リンパ線がはれ、風邪が治ってもはれはひきませんでした。シコリができはじめ、それはお多福風邪のようになります。
ABCC(原爆障害調査委員会)で検査を受け、検査結果をもとに父親に病名がつげられます。
病名「亜急性リンパ線白血病」長くても1年の命だと告げられたそうです。
闘病生活の中、名古屋の高校生から折鶴を送られた事をきっかけに、彼女は自分でも折り始めます。当時折り紙は高価なもので、包装紙などで折っていたそうです。
貞子さんだけではなく、病院の多くの入院患者も折りはじめ、「千羽鶴をおれば元気になる」と信じていました。
1954年10月25日、12歳で他界。折った折鶴は1000を超えるとも言われていますが、正確な数は分からないらしいです。
広島平和記念公園にある「原爆の子の像」は、貞子さんの同級生などによる募金運動によりつくられたものです。
これは、原爆によって命を奪われた子供たちの霊を慰める事を目的とされたもので、年中たくさんの千羽鶴が捧げられています。
ドーム型の台座の頂上で、折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像には、明るい未来、世界の平和への願いが込められています。
公園内の慰霊碑
平和の時計塔
平和の鐘
原爆の子の像
動員学徒慰霊塔
平和の灯
原爆犠牲広島の碑
峠三吉詩碑
祈りの泉
平和の塔
原爆死没者慰霊碑
嵐の中の母子像
平和の像「若葉」
原爆犠牲国民学校
教師と子供の碑
平和の観音像
平和の泉
原爆供養塔
広島・中国地方で宿をお探しの方には、
国内最大級の宿・ホテル予約サイト「じゃらんnet」がおすすめです!
» 【じゃらん】 中国エリアのホテル・宿の予約
